2008年4月5日(土)
ほんとうに楽しく キレイな家。


 先日、各務原市のペル−人から声をかけられ
家に招かれました。3年間も、ラテンアメリカを旅
したからでしょうか。
 決して、豊かでは無い小さな家に、30人以上も
の人が集まるのです。女も男も、ペル−人も、ブ
ラジル人も、ボリビア人も、老人から赤んぼまで。
絶えずしゃべって踊るのです。夜明けまで。
 男が料理をつくり、それを子供が配って歩き、
女は、ひたすらしゃべるか、食べるかしています。
 安物の家具や敷物ばかりでも、どこもきちんと
片づけています。いつも人が来るから。
 ほんとうに楽しく キレイな家。





2008年4月4日(金)
高木さんが、家に帰った。


 いや、まだ残って、最後の事務整理を
してくれています。
 女性は、たいてい我慢強く誠実ですが、
これほどの人はめずらしい。
 しかし、「建築の事が分かってない」などと、
彼女に、よく文句を言いました。
 いちど電話で、お母さんの上品な言葉使いを
聞いた事があります。
 その数日後、高木さんがチケットをくれて、
生花展を見に行きました。そして、とても感動しました。
「この人は、そういう人に育った人だ」と。
 もういなくなると分かると、やっとその人のすば
らしさが分かるとは。お元気で。





2008年4月1日(火)
昼休みは 3時間もあって


 「ル−マニアで仕事がしたい」 と次男が電話を
してきました。
 スペインの設計事務所で、仲の良かったジュス
ティンが 「祖国がEUに入ったから、こっちで一緒に
やろう」 と言ってきたのです。
 「ヨ−ロッパでは、仕事は大変だったけど、昼休みは
3時間もあって、いろんなことを話し合った。」 とか、
 「大手でも日本の会社には、ゆとりが無い」 と言うの
です。
 「行ったら」 と、私は言いました。
 「確かに、建築はゆとりのために造るものだから」



2008年3月3日(月)
建築家 自身の家づくり


父親の転勤のため、8回も引越しをしました。
 大人になって借家を7回も変えました。
その後、やっと中古の家を買い、自身の設計と
 しては、事務所を含め、3棟の建物を建てました。
そうして始めて 「建築とは何か」 が
分かりました。
 普通で、気づかれない程度にしゃれていて、
大人にも子供にも、動物にも居心地のいい家。