先日、各務原市のペル−人から声をかけられ 家に招かれました。3年間も、ラテンアメリカを旅 したからでしょうか。 決して、豊かでは無い小さな家に、30人以上も の人が集まるのです。女も男も、ペル−人も、ブ ラジル人も、ボリビア人も、老人から赤んぼまで。 絶えずしゃべって踊るのです。夜明けまで。 男が料理をつくり、それを子供が配って歩き、 女は、ひたすらしゃべるか、食べるかしています。 安物の家具や敷物ばかりでも、どこもきちんと 片づけています。いつも人が来るから。 ほんとうに楽しく キレイな家。
いや、まだ残って、最後の事務整理を してくれています。 女性は、たいてい我慢強く誠実ですが、 これほどの人はめずらしい。 しかし、「建築の事が分かってない」などと、 彼女に、よく文句を言いました。 いちど電話で、お母さんの上品な言葉使いを 聞いた事があります。 その数日後、高木さんがチケットをくれて、 生花展を見に行きました。そして、とても感動しました。 「この人は、そういう人に育った人だ」と。 もういなくなると分かると、やっとその人のすば らしさが分かるとは。お元気で。
「ル−マニアで仕事がしたい」 と次男が電話を してきました。 スペインの設計事務所で、仲の良かったジュス ティンが 「祖国がEUに入ったから、こっちで一緒に やろう」 と言ってきたのです。 「ヨ−ロッパでは、仕事は大変だったけど、昼休みは 3時間もあって、いろんなことを話し合った。」 とか、 「大手でも日本の会社には、ゆとりが無い」 と言うの です。 「行ったら」 と、私は言いました。 「確かに、建築はゆとりのために造るものだから」
父親の転勤のため、8回も引越しをしました。 大人になって借家を7回も変えました。 その後、やっと中古の家を買い、自身の設計と しては、事務所を含め、3棟の建物を建てました。 そうして始めて 「建築とは何か」 が分かりました。 普通で、気づかれない程度にしゃれていて、 大人にも子供にも、動物にも居心地のいい家。